
新しい学校の会 平成29年度教育シンポジウム ガイドラインを踏まえて、これからの広域通信制高校のあり方を考える
昨年11月30日(木)、東京都内のアルカディア市ヶ谷(私学会館)において、「新しい学校の会 平成29 年度教育シンポジウム」が開催された。テーマは「ガイドラインを踏まえて、これからの広域通信制高校のあり方を考える」。
土岐玲奈氏(日本通信教育学会幹事、埼玉大学教育学部非常勤講師、広域通信制高等学校の質の確保・向上に関する調査研究協力者会議委員)が「広域通信制高校に今求められているもの─ガイドラインへの対応と教育的ケアのバランス─」と題する基調講演を行ったあと、それを踏まえて土岐氏を含めた4名の識者たちがパネルディスカッションを展開し、今後の広域通信制高校のあり方を探った。
広域通信制高校に今求められているものとは?
冒頭、新しい学校の会・荒井裕司副理事長が挨拶。
「現在通信制高校に在籍する高校生は20人に1人になっています。やがて10人に1人になる日も近いのではないかと思っています。もちろん様々な課題もありますので、皆様と一緒に学ぼうということで、このシンポジウムを企画させていただきました。ぜひ参考にしていただきたいと思います」。
基調講演を行った土岐玲奈氏は、小学校で不登校となり、中学1年を2回、高校中退、大検を取得し大学に進学。自らの体験を踏まえ不登校を研究しようと考えるが、これまでの不登校研究は、心のケアを扱うものが圧倒的で、そのほかは福祉的な支援に関するものがわずかにある程度。不登校の子どもにも勉強させるべきと言いたいわけではないが、不登校の先にある「学習」の問題までは取り扱われていない。現状では、ブランクが空くと後から学ぶ術がないという。土岐氏自身は、不登校に対する心の支援、多様な高校、多様な大学入試などのおかげで、小学校高学年以降の学習内容が穴だらけのままでここまで来られた。しかし、この間の学習のブランクはなかなか埋まらないという。
通信制高校の特色として添削指導があるが、これは通信制高校の強みであると土岐氏は語る。「レポート課題に取り組むにあたって、一人では取り組めない、やる気が出ない、わからないという生徒に対して、手取り足取り
プロセスを教えていく丁寧さが求められますが、一方で、ずっとそれを続けるのではなく、『わからないときはこうやって先生に聞くと教えてもらいやすいよ』など、自習する上でのアドバイスも学習指導においては非常に重要なことだと思います。その先も自分で学べるようになることは、すごく大きなことだし大切です」。
また、生徒の困難としては、学習のブランクや内容理解の困難、対人関係上の困難、様々な困難を背景とした「意欲」の欠如、適切な支援を要請する力の不足、生活上の困難などを挙げ、教師が抱える困難や課題を把握し、解消するための働きかけも必要なのではないかと語った。
通信制高校に期待することは、学びの多様性と新たな選択肢の提示
パネルディスカッションのテーマは「ガイドラインを踏まえて、これからの広域通信制高校のあり方を考える」。司会は、新しい学校の会・桃井隆良理事長。
パネリストは次の4名。
・土岐玲奈 氏
・中西茂 氏(玉川大学学術研究所高等教育開発センター教授、教育ジャーナリスト、広域通信制高等学校の質の確保・向上に関する調査研究協力者会議委員)
・佐藤昌宏 氏(デジタルハリウッド大学大学院教授)
・竹下淳司 氏(第一学院高等学校副理事長、株式会社ウィザス・取締役第二教育本部長)
土岐氏の基調講演を聴いて、佐藤氏は「学習者の困難さや教師の困難さに関して思ったのは、私が子どもの頃と出現する課題が変わっていないということです。私たちサプライヤー側の問題でもありますが、〝教育を科学する〟ところにおいて、もう一度この転換期に見直さなければならないと思っています」。
「大学の授業は自分たちが学生だった頃に比べてずいぶん変わっているのか?」との桃井氏の質問に対し、中西氏は「一人ひとりとのコミュニケーションは今の大学生にも絶対必要だと思っていて、通信制高校が抱える課題は、実は大学教育においても言えますし、教育一般に言えることだと思います」。
竹下氏は「教育を学校の中だけで完結させようとすること自体、制約が強すぎるのかもしれません。社会に出れば学ぶ意味もわかりますから、そこから我々通信制高校、もしかすると学校制度のあり方も考えなければいけないのではないでしょうか」と語る。
今の社会に必要な人材は、「イノベーションを起こせる人」だと佐藤氏は言う。土岐氏は「一方で、生きていく上で知らなければ困ることを知らずにいて、しかもなかなか発見されないでいる人たちの存在が気になっています。生きていく、あるいはもう少し希望を持って生きるためにも、学習に向かう準備ができたら、あるいは少しでもできる事があると思える状態になったら、教えることも必要だと思います」と語る。
中西氏は「理想的に言えば、30歳くらいまでは様々なことを試行錯誤し、模索できればいいのですが、そこがなかなか難しい」。
竹下氏は「日本ではどうしても一つの価値感に縛られがちなので、できれば評価軸も多様になるといいと思います。〝通信制〟という枠組みの中だけで物事を考えようとする思考そのものも大きな問題だと思います。PISAの結果を見ても、自尊感情や将来の希望が他国に比べて低いのは、私たち大人の大きな課題だと思っていて、教えるというよりもむしろ育んでいきたいと考えます」。
「竹下さんがおっしゃったように、教育の選択肢、学びの選択肢が今は実質上一つしかありませんが、通信制は新たな選択肢を提示できる可能性があると思っています」と語るのは佐藤氏だ。ちなみに佐藤氏によると、プログラミング教育よりも、ITリテラシーの方がはるかに重要だという。
パネルディスカッションのあとは、会場からもいくつか質問を受け付け、パネラーの方々がそれらの質問に応えていった。