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    かなり過激な教育論 まずは、自分を知ろう

私教育を1つの力に
かなり過激な教育論 まずは、自分を知ろう

2026-05-01

自分を知り、幸せに生きるために

作家 髙嶋哲夫 氏

作家 髙嶋哲夫 氏

最適な教育が可能な時代に生きている

いま、僕たちはこれまでにないほど恵まれた時代に生きている。情報は瞬時に手に入り、学びの方法も場所も、かつてとは比較にならないほど多様化している。学校という枠を越え、オンライン、通信制学校、専門教育、海外との接続など、教育の可能性は大きく広がっている。ちょっとチエを使えば、一人ひとりの子どもにとって最適な教育を選び、実現できる時代であるはずだ。
しかし現実はどうか。その可能性は十分に活かされていない。理由は明確である。教育の問題は、制度や環境だけにあるのではない。むしろ、私たちの内側——親や周囲の大人、友人関係、社会に染みついた価値観、何よりも本人自身の思い込みが、子どもたちの自由な選択を縛っている。
とりわけ根深いのは、「職業には上下がある」という価値観である。医者や弁護士は立派な職業、就職するなら大企業、といった序列意識が、いまだに根深く存在している。この考え方が、子どもたちの可能性を大きく歪めている。
本来、人は自分の好きなこと、得意なことを仕事として選び、長く続けることが幸せだろう。僕は血を見るのが恐ろしく、痛ましい話やお金が絡む話も好きではない。医療や法律の分野に向いていないことは明らかだ。これは能力の問題ではなく、単なる個人の性格、嗜好である。
価値観が多様化した現代において、教育もまたその前提に立たなければならない。にもかかわらず、いまだに古い価値観に縛られ、教育の可能性を狭めているのだ。

人は平等ではないという現実

教育を考えるうえで、避けて通れない現実がある。人の能力は平等ではないということだ。神さまは、人間に同じ能力を与えてはいない。ある子どもは数式を一瞬で理解するが、別の子どもは何倍もの時間がかかる。人の容姿が個々に違うように、集中力、記憶力、感受性、身体能力、すべてに違いがある。
これは努力や環境の問題ではない。努力で補える部分もあるが、どうしても越えられない壁も存在する。僕自身、科学者を目指したが、世界の第一線で戦い続ける資質はなかった。この現実を受け入れることは決して容易ではなかったが、それが転機となった。
重要なのは、能力の違いを認めることと、差別を認めることはまったく別だという点だ。能力は不平等であっても、社会的・法的な平等は必ず守られなければならない。だが問題は、現在の教育が「すべての子どもが同じ能力を持っている」という「建前」に立っていることだ。この前提がある限り、教育は必ず無理を生む。理解の早い子どもは退屈し、遅い子どもは置き去りにされる。そして両者とも、自分の本当の力を見失っていく。
親も社会も、子ども自身もこの現実を正しく理解する必要がある。努力で越えられる壁と、越えられない壁があること。それを前提に教育を考えなければならない。

「自分を知る教育」の欠如

本来、教育とは「自分を知ること」から始まるものだ。
自分は何が好きなのか。何が嫌いなのか。何が得意で、何が苦手なのか。どのような性格で、どんな環境で力を発揮できるのか。これらは人生の基盤となる重要な要素である。
しかし現在の教育では、この最も大切な部分がほとんど扱われていない。学習指導要領は全国一律であり、すべての子どもに同じ内容、理解を求める。その中で評価されるのは知識と点数である。
これは明らかに現実と乖離している。子どもたちは本当の自分を知らないまま進学し、将来の選択を迫られる。親は「良い学校」「良い会社」という基準に縛られ、子どもに過度な期待をかける。その結果、不登校、進路変更、退学、閉じこもり、早期離職といった問題が生じるのではないか。これらは個人の問題であるとともに、根本は義務教育の構造的な欠陥である。
だからこそ、小学校・中学校の段階で「自分を知る教育」が必要である。読書、体験、対話、挑戦と失敗。そのすべてが自己理解につながる。とりわけ重要なのは、さまざまな体験を通じて「興味の種」を見つけることだろう。興味は才能の入口である。興味のないことをいくら教えても、本当の力にはならない。

基礎教育と学び直しの重要性

ではどう教育制度のあり方を見直すか。
小学校と中学校では知識を詰め込むのではなく、生きるための基礎を中心にすべきだろう。読み書き、計算、そして重要なのは善悪の判断、礼儀、思いやり。これらは世界共通の人間としての土台である。さらに、小・中・高校の節目ごとに、基礎的な理解を確認する認定を行えば十分である。細かな順位付けや過度な競争は必要ない。
そして何より重要なのは、学び直しの仕組みである。人は成長の過程で自分をより深く理解していく。社会に出てから、新しい興味や目標が生まれることもある。
そのときに再び学び、新しい技能を身につけることができる環境が必要だ。また今まで気付かなかった自分に気付くこともある。教育は一度で終わるものではない。人生の中で何度も繰り返されるべきものだ。

多様な進路と社会の責任

高校以降の教育は、より自由であるべきだ。多様なコースを設け、子どもが自分の興味や適性に応じて選択できるようにする。選んだ分野に集中できる環境を整える。生成AIなどを使い、それが可能な時代になっている。しかし、それを実現するためには社会の側の理解と変化が不可欠である。
現在の社会は、職業に上下をつける構造になっている。この構造のままでは、子どもたちは「好きなこと」ではなく「安定」や親や周りの「評価」を基準に進路を選ばざるを得ない。重要なのは、すべての仕事が社会にとって価値あるものだと認めることである。そして、どのような職業に就いても、一定の生活が保障される仕組みを国が整える必要がある。
国の支援、教育制度の改革、社会の価値観の変化、家庭の理解。このすべてが揃って初めて、子どもたちは安心して自分の道を選ぶことができる。

教育の最終目的—幸せに生きること

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教育の最終目的は何か。個人が幸せに、充実して生きることではないだろうか。
「生活のためにイヤイヤ働き、ひたすら定年を待つ人生」が本当に幸せで豊かだとは思えない。仕事とは本来、自分の力を発揮し、社会と関わり、自分自身を実現する場であるべきだ。
そして、人は一人では生きられない。だからこそ、他者を思いやる心が必要だ。恵まれている者がそうでない者に手を差し伸べる。自分だけが得をすればよいという考えではなく、社会全体の中で自分の役割を考える。
やがて人は誰もがこの世を去る。どれだけ富を築いても、それを持っていくことはできない。だからこそ、自分が得たものに対して正しく税を納めることを当然とする倫理観が必要である。こうした価値観を育てることもまた、教育の重要な役割だ。
教育とは、知識を与えることではない。自分を知り、自分の道を見つけ、他者と共に生きる力を育てることである。そのすべての出発点は、「自分を知ること」にある。
さて、皆さんはこの写真、どこだか分りますか。次にお話しします。

作家 高嶋哲夫 氏

教育関係の著作「いじめへの反旗」(集英社文庫)「アメリカの学校生活」「カリフォルニアのあかねちゃん」「風をつかまえて」「神童」「塾を学校に」「公立学校がなくなる」など多数。https://takashimatetsuo.jimdofree.com/


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