
私教育を1つの力に
日本の教育の凋落と未来への道 みんな才能を持っている
作家 高嶋哲夫
かつての栄光と進む衰退
日本の教育はかつて、世界から賞賛と羨望の目で見られていた。戦後の焼け野原から高度成長を果たし、世界的な製品を数多く生み出した。日本のノーベル賞受賞者はその象徴であり、2000年代以降の受賞ラッシュは国民に誇りと自信をもたらした。
しかし、その多くは「過去の遺産」であったことを忘れてはならない。ノーベル賞は「実証されてから与えられる」ため、受賞には10年、20年のタイムラグがある。つまり、近年の受賞者たちは1990年代の研究環境や教育が生んだ成果であり、現在の日本の教育の実力を示す指標ではない。
その一方で、大学や研究機関の研究力低下は数字に表れている。
『文部科学省の科学技術・学術政策研究所(NISTEP)は、日本を含めた世界主要国の科学技術活動を体系的に分析した「科学技術指標」の2023年版を公表した。主な指標のうち、日本は1年当たりの論文数は世界5位で前年順位を維持したが、注目度が最も高い「トップ1%論文」数は昨年の10位から12位に、「トップ10%論文」も同12位から13位に順位を落とした』(SciencePortal)「過去の遺跡」で戦っているにすぎないという危機感が、国全体に共有されていないことこそ、深刻な問題である。
教育の古さ、もっと海外へ。
世界と比べたとき、日本の教育は著しく「古い」。知識偏重型の学力、均質性を重んじる指導、画一的な評価方法などが続いている。令和の今もなお、一昔前の価値観が強く残り、探究型学習や創造性教育が十分に浸透していない。結果として、若者は海外へ飛び出す意欲を失い、日本人の海外留学生数はピーク時から減少したままだ。逆に、アジア諸国の学生は世界中に留学し、新しい価値観やネットワークを獲得している。国際競争力の差は、こうした「学ぶ姿勢の差」から始まる。
企業を見ても同じ構造が見える。1980年代、日本企業は家電・半導体・自動車・造船など世界の主力産業を牽引した。ソニー、パナソニック、ニンテンドー、キャノン、トヨタなどの製品が世界に溢れた。しかし現在では、GAFAMやテスラ、中国のBTD、韓国のサムスンやSK、台湾のTSMCなど、新興勢力が次々と台頭し、技術革新の主役は日本ではなくなった。日本企業は依然として高い技術基盤を持つものの、世界をリードする企業がどれほど存在するだろうか。現在のままでは、生成AI、量子技術、半導体、バイオ、グリーンエネルギーの分野では、アメリカ、中国、欧州、インドがさらに躍進し、大学や国単位でも格差は拡大すると考えられる。
アメリカもトランプ新政権のメチャクチャで大学、研究機関がどうなるか分からない。内向き志向の強まる政権の誕生は、移民流入の減少、研究者の流動性低下、大学の閉鎖的傾向を招き、アメリカの強みであった「多様性」「アメリカンドリーム」が損なわれつつある。世界全体が新しい局面に入りつつある今、日本はさらなる独自の価値と構造改革が求められる。そして新しい教育を打ち立てるチャンスでもある。
しかしコロナ禍でも日本の教育の遅れは明らかになった。デジタルの遅れだ。オンラインの活用など、せっかく進んだ意識もコロナ消息とともにしぼんでしまった。
教育の現実 いじめ、不登校、そして高校無償化の影響
現在の学校現場はどうなっているのか。最新の文科省統計は、毎年続いている少子化にもかかわらず、いじめ・不登校の件数がどちらも増加していることを示している。SNS時代の人間関係の複雑さ、家庭環境や親の意識の変化、教師不足、価値観の多様化など、背景は多岐にわたるが、子どもたちが安心して学べる環境が失われている事実は変わらない。
さらに重要なのは「高校無償化」がもたらすであろう二次的影響である。無償化は経済格差に左右されない教育機会の確保という点で意義は大きい。しかし一方で、私立高校への進学者が急増し、公立高校の存在価値が薄くなった。今後、学力・家庭環境・価値観の分断が進み、学校現場はより複雑な問題を抱えるようになるだろう。多様性は本来、教育の強みであるはずだが、現在の制度がそれを支えきれず、むしろ学校格差や地域格差が拡大するだろう。
同時に、日本の教育は依然として「平均点の高さ」を重視するため、個々の子どもが持つ能力や創造性を伸ばす仕組みが乏しい。生成AI時代、国際競争時代において、これこそが日本の最大のリスクとなる。世界の教育は「個性」「探究性」「多様性」を強みに変えているが、日本はその転換が遅い。文科省にはこうした問題に対処する力はないだろう。実際に教育現場にいる私教育が一体となり、協力して「新しい教育」を作り上げるチャンスかもしれない。しかし私教育もその意識は薄い。
人、社会、国の意識の改革 人の才能は様々
さて問題は、神さまは決して平等ではないという現実だ。
人の才能は多様である。学力、音楽、スポーツといった分かりやすい能力だけが才能ではない。優しさ、器用さ、忍耐強さ、他者の話をよく聞く力、人を楽しませる力といった性格や気質も、社会にとって欠かせない重要な才能である。しかし現在の教育は、この多様性を十分に評価できていない。「一つの尺度」で子どもたちを測る仕組みそのものを見直す必要がある。
本来の教育とは、子どもの内にある才能を見つけ、それを引き出し、育てることだ。小中教育では、読み書きや計算といった基礎学力と、社会で生きるうえで最も重要な道徳や人間性の育成を中心に据えるべきだ。子どもが「自分は何が得意か」「どんな性格か」「何をやる時が集中でき、幸せか」を多少なりとも理解する段階としてはどうか。
その上で高校教育は、偏差値だけで進路を決めるのではなく、子どもが自分の「好き」や「得意」を伸ばせる場所として再設計する必要がある。高校それぞれが特色を明確に打ち出し、子どもが主体的に選べる学校にしたらどうだろう。
そのためには、高校、大学の入試制度そのものの改革が不可欠となる。多様な才能を評価し、学力一辺倒ではなく、個性や興味を反映できる新しい仕組みの構築だ。国と私教育が中心となり、未来の日本を支える子どもたちの教育方針を協力してまとめ、全国で統一的に進めていく必要がある。多様な才能を認め、それを育てる教育への転換こそが、新しい日本を創るのではないか。「多様性を力にする社会」「挑戦する若者を支える教育」これを実現できたとき、再び世界を驚かせる国へと飛躍できる。
日本の教育の凋落は、日本の終わりではない。むしろ、新しい始まりである。未来の子どもたちが自由に想像し、挑戦し、世界とつながる社会、その実現こそ、教育に関係する人たちに求められている最大の使命だしチャンスだと思う
作家 高嶋哲夫 氏
教育関係の著作「いじめへの反旗」(集英社文庫)「アメリカの学校生活」「カリフォルニアのあかねちゃん」「風をつかまえて」「神童」「塾を学校に」「公立学校がなくなる」など多数。
https://takashimatetsuo.jimdofree.com/

































