
学習塾業界に吹く、新しいリーダーシップのかたち
(株)市進・(株)市進東京 取締役 田中麻沙枝 氏
政府が企業における女性役員比率の引き上げを目標に掲げたのは2023年のこと。これまで男性中心の運営が主流だった学習塾業界でも、教育現場を熟知し、家庭や地域との橋渡し役も担う女性人材の活躍が目立ち始めている。創刊当初より、塾業界で活躍する女性たちを表紙に起用し、応援してきた本誌が今回注目するのは、今年3月1日付で株式会社市進及び、株式会社市進東京の取締役に就任した田中麻沙枝氏だ。女性役員比率を手早く引き上げるために、社外取締役を迎える企業が増えている一方、田中氏は現場での経験を積み重ねてきた貴重な人財だ。教育へのひたむきな情熱、現場で培われた確かな視点、そして組織をしなやかに動かすリーダーシップ。その原点には、自身の不登校経験と、同じように悩む子どもたちに寄り添いたいという想い、さらには後輩たちのために道を拓きたいという強い意志があった。
自身が理想とする教育との出会い
高校時代に学校に行きにくさを感じ、様々なことに悩んでいる子供たちに寄り添える仕事に携わりたいと願い塾業界を志しました。新卒で入社した会社では、母が病に倒れたことをきっかけに、本当に大切にしたいものを考えるようになり退職に至ります。自分がどんな価値観で子どもたちと向き合いたいのかを見つめ直す時間にもなり、そこで出会ったのが市進でした。「人を創る、ともに創る」という理念に共感し、ここでなら自分の想いを形にできると感じて応募しました。入社後に感じたのは「私が望んでいることを実現できる会社があったんだ!」という驚きでした。自身の教育観と合致する環境で、迷いなく仕事に取り組むことができています。
入社前から「こうありたい」という軸を持ち続け、現場に立ち続けて約20年。その原動力は、いつも生徒たちの存在でした。生徒の笑顔や合格したという報告が出日々の支えになっています。現在は東京地区の本部長として経営や数値管理にも携わっていますが、最終的には、生徒と保護者の方に真摯に向き合うことが、最も意義があると感じ、取り組みたいことです。それが、信頼となり、「顧客満足度(CS)」へとつながっていくと思います。その結果、会社の数字に表れる。子どもたちを中心として、市進学院にかかわる人たちの力になることが私の理想です。
後輩達には夢を見てほしいから、自分たちが道を拓く
塾業界には、女性が長く働き続けにくいという課題がありますが、近年は徐々に環境が改善され、現場でも女性が力を発揮できるようになってきたと感じています。かつては男性中心の環境の中で、私自身も困難に直面することが多くありました。私にとって転機となった出来事が二つあります。一つ目は、女性の教室責任者がまだ誰もいなかった頃、女性の同期が「私たちが責任者になることはないよね」と漏らしたことです。私はその瞬間、「じゃあ私が挑戦しよう」と決意しました。自分たちが道を拓かなければ、後輩も同じ壁にぶつかる――そう感じたのです。もう一つは、ある卒業生との対話です。彼が感じていた疑問点を聞いた後、私は「子どもたちのためにより良い教育環境をつくる」と約束をしました。その二つを経て「年齢や性別に関わらず努力が報われる会社にしたい」、「後輩たちには夢を見てほしい」という想いが強くなりました。
それから教室長に就任するまでに6年。その間に多くの現場を経験しました。市進学院で女性初の教室長として任された時は、期待と同時に不安もありましたが、自分の役割に集中し、実績を積み重ねてきました。その根底にあるのはやはり、愛社精神です。自分の理想に近い教育を形にできる環境に迎え入れてもらい、やりたいことを任せてもらえたことには、今でも深く感謝しています。先述の通り、母が倒れたことがきっかけで前職を退職しましたが、祖母が亡くなったその日、私は市進学院の責任者として入会説明会を控えていました。病院から教室へ直行したところ、上司がやってきて「すぐに帰りなさい」と叱られました。「看取ってきたので大丈夫です」と反論したところ、「そうじゃない。(母方の祖母なので)お母さんの側にいてあげなさい」と言ってくれました。本当に人に優しい、人を思いやれる会社です。「こんなことを言ってくれる会社なら、いくらでも頑張れる」と心から思いました。努力を見てくれ、信頼して任せてくれる風土があるからこそ、長く続けてこられました。順調な道のりばかりではありませんでしたが、壁にぶつかるたびに誰かが支えてくれ、何度も救われました。
今では、私のあとに続く女性スタッフも増えてきました。フルタイムで受験指導に携わる方、育児と両立しながら働く方など、さまざまな働き方が受け入れられる環境が整い、多様な人材が長く活躍できています。
塾業界に入った当初は、何より生徒のことが中心でした。将来の可能性を広げてあげたい、自分のために本気になってくれた大人がいた――その経験が、人生を大きく変えることもあると信じていたからです。実際に、かつての教え子が今は社員として一緒に働いてくれているのは、とても嬉しいことです。立場が変わり視野も広がる中で、今は職員やその家族の存在も同じように大切だと感じるようになりました。生徒と同じように、共に働く仲間の人生も支えられる存在でありたいと思っています。
現場で何か起きているのか、自分の目で見て判断する
「現場感覚」が何よりも大切
少子化の影響は業界全体の大きな課題です。さらにコロナ禍を経て、子どもたちの価値観や学びのニーズも大きく変化しました。マスク姿で入試に臨んだ世代の受験生が感じた心身への負担は小さくなかったと思います。そうした背景をもつ今の子どもたちには、従来の「一方的に教える」スタイルでは対応しきれないと実感しています。優れた映像教材やツールが次々と登場する中、それらをどう活用するかが重要です。塾で培ってきた経験と新しい教育手法を組み合わせることで、私たちにしかできない価値提供があるはずです。鍵となるのは、教職員が常に学び続け、子どもとの向き合い方を進化させていくこと。その姿勢があってこそ、信頼関係のある「教え子」との絆が生まれるのだと思います。
役員になった今も授業を担当しています。現場で何が起きているのか、子どもたちの表情や保護者の声を自分で直接感じ、判断する姿勢が大切だということもありますが、何より子どもたちとかかわることが好きなんです。そんな希望を通してくれる会社にも感謝しかありません。今後も一人ひとりと懸命に誠実に向き合いながら、業界全体にもよい影響を与えられるよう努めていきたいです。

































