
私教育を1つの力に
「いじめを考える日」と『シン・ダーティー・ユー』
—全国の子どもたち、学校、学習塾をつなぐ、新しい一歩—
子どもを取り巻く現実—いじめ・不登校・SNSと貧困
いま、日本の子どもたちの周囲で、深刻な問題が相次いでいる。その代表的なものが「いじめ」と「不登校」だ。文部科学省が2023年に発表した調査では、全国の小中高におけるいじめの認知件数は68万件を超え、過去最多を記録した。また、不登校生徒の数も29万人以上と、こちらも過去最多を更新している。
しかも、これは氷山の一角にすぎない。多くの子どもたちは声をあげられず、苦しみを内に抱えて生きている。加えて、経済的困窮、家庭環境の不安定、ヤングケアラーの増加など、子どもたちの心に影を落とす要素は多様化している。
さらに現代特有の問題として、SNSを通じたいじめや誹謗中傷、仲間外れといった「見えにくい暴力」が増えている。スマートフォンの普及により、いじめは教室内だけでなく、帰宅後の生活時間にまで及ぶようになった。心が休まる暇もなく、孤独と不安のなかで過ごす子どもたちの姿が浮かび上がる。
この現実に、僕たち大人はどう向き合うのか。子どもたちが声を上げるための場、共に悩み、考え、変わるための「機会」が必要だと、僕たちは痛感している。
文科省の限界と、「いじめを考える日」の意義
文部科学省はいじめ問題に対して一定の対応を示してきた。しかし、現実には「定義」や「事後対応」が中心であり、子どもの心を本質的に変えることにはなかなか結びついていない。
いじめの定義や事後手続きが整備されることは必要だが、いじめを「なくす」こと、つまり子どもたちの心に変化を起こすことは、そういった制度では難しい。そこで僕たちが提案するのが、「いじめを考える日」の実施である。
この日は、全国の小学校・中学校・高校で、いじめについて正面から話し合う1日とする。映画『シン・ダーティー・ユー』の鑑賞を中心に据え、登場人物の行動や感情を通じて「なぜいじめは起こるのか」「自分はどう関わるべきか」等を考える機会とする。
大切なのは、「もっと優しく、もっと強く」というメッセージを子どもたち一人ひとりに届けること。優しさとは、他人の痛みに気づくこと。強さとは、その痛みを見て見ぬふりをせず、声を上げること。そうした心の土壌を耕す1日を、全国の子どもたちと共に築きたい。
全国の子どもたち、学校、学習塾をつなぐ日へ
「いじめを考える日」は、単なる学校個別の学校行事ではない。日本全国の学校、子どもたちを「つなぐ」ことが最大の意義、目的だ。普段つながることのない離島や地方の私立学校、都会の公立学校。環境、習慣も違えば、日々の過ごし方も違う。とうぜん子どもたちの生活習慣も違う。しかし、「いじめ」「不登校」「ヤングケアラー」といった問題は、多くの子どもに共通する苦しみだ。
この日、日本中の学校が一つのテーマについて語り、考え、ディスカッションする。それは、日本中の子どもたちが「同じ空を見ている」ような一体感を生むだろう。
すでに岡山と東京、大井町の学校では実践が始まっている。そこでは、学習塾も連携し、子どもたちの自由な議論の場が設けられた。今後、こうした取り組みが広がることで、バラバラだった私立学校、学習塾も、一つの目標を共有するネットワークへと変わるだろう。
また、学習塾の多様性、つまり進学塾、個別指導、フリースクール的役割を持つ塾などを活かし、地域の教育資源として「いじめを考える日」「子どもサミット」を共催していくことも期待される。これは地方と大都市、公教育と私教育が手を取り合う、新しい教育の形でもある。
『シン・ダーティー・ユー』という物語の力
この日の核となるのが、映画『シン・ダーティー・ユー』である。もともと2001年に『ダーティー・ユー』というタイトルで出版されたこの作品は、当初から映画化の声もあったが、資金の問題で一度は頓挫した。だが、コロナ禍をきっかけに復活し、シナリオライター、若い監督の手で新たに脚本が書き直され、いま再び映画化に向けて動き始めている。
物語の主人公は「雄一郎」。彼はアメリカ生まれのアメリカ育ち。アメリカでは、人種差別的な意味合いで、「ダーティー・ユー」と呼ばれていた。だがこのタイトルの「ユー」には、「いじめを見て見ぬふりをする〈あなた〉」への問いかけも含まれているのだ。
岡山の私立学校ではすでに「シナリオ読書会」が実施され、子どもたちが真剣に議論を交わした。「なぜこの子はいじめられたのか?」「ユーは正しかったのか?」といった問いが、子どもたちの中で次々と湧き起こった。
この物語は、ただのフィクションではない。現実の問題に対して子どもたちの思考を促し、自分ごととして感じさせる「教育の媒体」である。映画をきっかけに、子どもたちが自分の心を見つめ、社会とどう関わるかを考えられるようになることを、僕たちは願っている。
未来へのメッセージ—多様な子どもたちと共に歩む
この取り組みの本質は、「子どもの多様性を生かす」ことにもある。成績や一律の行動で評価される時代は終わり、今は「一人ひとりが違っていい」「違うからこそ力になる」時代だ。そのためにも、今後、学習塾の役割はますます重要になる。不登校の子、発達障害のある子、家庭に問題を抱える子。学校とは違う形で学びや心の拠り所を提供する塾は、まさに教育のフロントラインだ。しかも、すべてはオンラインで可能である。地域の壁を超えて、全国どこに住んでいても、「いじめを考える日」に参加できる時代が到来している。
この構想は、世界へと広がってほしい。いじめのない国など、存在しない。世界中の子どもたちがこの日に、自分のことを語り、誰かの言葉に耳を傾ける。子どもたちが世界を考え、創っていく。そんなグローバルな連帯を、僕たちは夢見ている。
「いじめを考える日」は、子どもたちの未来を守るための第一歩であり、社会全体が子どもに向き合う覚悟を示す日でもある。その中心にある『シン・ダーティー・ユー』という物語を通じて、僕たちは子どもたちの心に火を灯したい。もっと優しく、もっと強くーこの小さな灯が、やがて社会を変える炎になることを信じて。
作家 高嶋哲夫 氏
教育関係の著作
「いじめへの反旗」(集英社文庫)「 アメリカの学校生活」「カリフォルニアのあかねちゃん」「風をつかまえて」「神童」「塾を学校に」「公立学校がなくなる」など多数。
https://takashimatetsuo.jimdofree.com/