
私教育を1つの力に
子どもを支える新しい教育のかたち
3月28日、東京、如水会館で、「日本民間教育大賞民間教育最高功労賞」をいただきました。有り難うございました。で、この機会に私教育について、僕なりにまとめてみました。
◎私教育の成り立ちとその役割
学習塾や私立学校は日本の教育に関して、大きな役割を果たしてきたと信じています。戦後の復興期、日本の教育は全国一律のカリキュラムと指導方法を用い、公教育が国の基盤を築き支えてきました。その中で私教育は「補完的存在」として発展していきました。
中でも学習塾は子どもたちの学力向上を目的として、公教育の支援機関として誕生しました。多くの塾では、学校の授業内容を復習・補強し、定期試験や高校・大学受験のための指導が行われてきました。特に1980年代から90年代にかけては、「偏差値教育」の最盛期とも重なり、進学塾の数も急激に増加し、テレビCMや大量のチラシなどを通じて、学習塾は「受験戦争」の最前線として家庭に浸透していきました。
一方で、私立学校もまた、公立学校では実現が難しい特色ある教育を打ち出しながら、エリート教育の場、あるいは特別支援教育の場としての役割を果たしてきました。英語教育に力を入れたインターナショナルスクール型の私立校や、芸術・スポーツに特化した学校など、そのバリエーションは多様です。
私教育は、子ども一人ひとりの学力や性格、特性に合わせた柔軟な指導を通じて、公教育の限界を補完する役割を担ってきたのです。また、日本が今日の学力水準を維持できているのは、間違いなく学習塾の存在が大きな要因となっています。
◎変わりゆく私教育─新しいニーズへの対応
21世紀に入り、私教育の姿も少しずつ変化してきました。大きな転換点のひとつが「個別指導」の拡大です。以前は集団授業が主流だった学習塾でも、近年では1対1や1対2などの個別対応が増えています。これは、「一人ひとりの理解度や個性に寄り添った教育」を求める保護者の声に応えるかたちで導入されたものであり、結果として不登校児や発達障害のある子どもたちの受け皿にもなっています。
また、ここ数年注目を集めているのが、フリースクールやオルタナティブ教育です。特にフリースクールは、学校に通えない子どもたちの「第三の居場所」としても、特定のカリキュラムにとらわれず、子どもたちの自発性を重んじた学びを提供する場が、全国各地で増加しています。これまでの学習塾が「点数」を重視していたのに対し、新しい形の私教育は「心のケア」「社会性」「興味関心の伸長」に力を入れています。
こうした柔軟な取り組みにより、私教育はもはや公教育の補完の域を超え、「代替」や「共存」のフェーズに入っています。文部科学省も、こうした多様な学びの場に一定の評価を示し始めています。
◎少子化と不登校の時代に、私教育はどうなるか
現在、子どもの数は大きく減少し続けています。しかし、不登校生徒の数、いじめの認知件数は増えています。「子どもの数は減っているが、問題は増えている」状況です。
こうした社会情勢のなか、学習塾や私立学校をはじめとした私教育は、大きな岐路に立たされていると個人的には思っています。単に進学実績を上げるだけでは、未来の教育を担う存在とはなり得ません。子どもの心を支え、社会性を育てる教育の場へと大きく舵を切る必要があるのです。
「放課後に通える居場所づくり」として、教科学習とともに、不登校の子どもたちを受け入れる取り組みも新しい塾の在り方です。こうした柔軟な対応こそ、私教育の強みであり、未来の可能性でもあります。
また、学習塾同士が競合するだけでなく、地域内で連携する「塾ネットワーク」の構築も重要です。例えば、共通の学習教材を開発したり、ICT研修やオンライン講座を共同で開催することで、限られたリソースを有効活用できます。生徒獲得のための競争ではなく、地域の子どもたちを共に支える協力体制の構築こそ、今求められているのです。これは私立学校にも当てはめることができます。
◎デジタル時代の私教育─新しい学びのスタイル
コロナ禍を堺にして、オンライン授業が注目されました。従来の教室型の授業に加え、Zoom やGoogle Meet を使った双方向のオンライン授業、録画配信による自宅学習などが実施されました。YouTubeやSNSを活用した教育系コンテンツの配信により、子どもたちはいつでも、どこでも、何度でも学ぶことができることが実証されました。残念なのは、一過性にすぎなかったことです。学習はやはり対面が一番。この考えにも賛成です。でも、便利なツールは最大限に使うべし。
さらに、AI技術を活用した学習プラットフォームの導入も可能です。生徒の理解度や進捗に応じた個別最適化学習が可能です。これにより、講師は単なる知識の提供者から、よりパーソナルな学びを導くコーチやファシリテーターへと進化することが可能です。
◎私教育の未来─個の才能を育む共創の教育へ
これからの私教育は、ますます「個」に寄り添った教育へと進化することが求められます。子どもたちの数が減るなかで、「数を追う」時代は終わり、「質を高める」時代が始まっています。
今後の学習塾は、「勉強を教える」だけでなく、「子どもの自己肯定感を育てる場」「子どもと共に才能を見つけ育てる場」としての役割が強まります。AIやオンライン教育の導入も進み、時間や場所にとらわれない柔軟な学びが可能になっています。また、キャリア教育やリーダーシップ教育など、社会とつながる学びを提供する塾も増えていくでしょう。
また、異なる強みを持つ塾同士が「協働」し、教員や教材のシェア、イベントの共催、模試の共同開催などで相互に支援し合う動きも拡大すべきでしょう。これにより、地域全体としての教育力が高まり、子どもたちによりよい学びの環境が提供されます。
私立学校もまた、独自の教育理念やカリキュラムを通じて、子どもたちの「個性」と「才能」を育む場として存在感を増していくはずです。特に「探究学習」や「国際バカロレア(IB)」などを取り入れた教育が進み、世界で活躍できる人材の育成に向けた取り組みが加速しています。
公教育と私教育、両者が補い合いながら、すべての子どもに多様な選択肢を提供する。そんな新しい教育のかたちが今、求められています。今こそ、私教育の再定義が必要です。子どもたち一人ひとりの未来を支える「真の教育」を実現するために、私たちは何ができるのか。時代の転換点に立つ今、真剣に考え、行動する時が来ているのです。
でも、本当に言いたいことは、まだ言っていません。これだけでも、「あんた、なに言ってるの」と言われそう。でも、一歩ずつ、一歩ずつ。
作家 高嶋哲夫 氏
教育関係の著作 「いじめへの反旗」(集英社文庫)「アメリカの学校生活」「カリフォルニアのあかねちゃん」「風をつかまえて」「神童」「塾を学校に」「公立学校がなくなる」など多数。
https://takashimatetsuo.jimdofree.com/