河合塾One の畑秀史 取締役

昨年10月、河合塾グループ（東京都豊島区）は高校生を対象とする全国の学習塾に向けて、AI教育サービス「河合塾One」を本格開始した。講師不足に悩む学習塾や部活などで多忙な高校生に、AIが最適化したカリキュラムと教材を提供する。株式会社河合塾One取締役・畑秀史氏と、学習塾への導入を担当する大宮陽彦氏に、開発の経緯や学習塾での活用法、今後の展望についてうかがった。

非拠点型教育サービスとして開発
先行開始したBtoCも堅調

株式会社河合塾One取締役・畑氏は、「河合塾One」のプロジェクトに開発当初から携わってきたメンバーの一人だ。
「少子化などの影響により、従来の拠点型教育サービスのみでは厳しくなっていく局面に備えて、7年ほど前、新たな収益の種を模索するプロジェクトを立ち上げました。当時は『アダプティブラーニング』の概念が芽生え始めた頃です。加速度的な進歩を遂げるICT技術を使い、これまで培ってきたリソースを活用した非拠点型教育サービスの開発に力を注いできました」
この開発プロジェクトを受け継いで誕生したのが「河合塾One」だ。「2019年12月にはBtoC向けに先行ローンチしました。実際に使った生徒の80％以上が成績がアップしたというデータもあり、堅調に受講者を増やし、昨年はコロナ禍の影響でさらに需要が高まりました。全国の学習塾からの要望に応える形でBtoBサービスを開始するに至りました」
「河合塾One」の教材コンテンツは、基本事項解説・レベルチェックテスト・練習問題・練習問題解説の4種類で、その数は1万5000以上にものぼる。
「河合塾の教壇に立つ現役講師が作った、すべてオリジナル教材です。さながら、自分の手のひらに河合塾が載っているようなイメージです。PC・タブレット・スマートフォンなどからアクセスが可能なため、通学時間やスキマ時間を活用することができます」

AIアルゴリズムに講師の知見を組み込む

「河合塾One」の根幹を握るのは、「AIおすすめ学習モード」だ。
「国立研究開発法人・産業技術総合研究所が開発したAIプラットフォームを活用しています。学習者の学習履歴情報をAIに送り込み、AIが瞬時に次に何を学ぶべきかリコメンドを行うため、1つの学習行動ごとに学習者に個人最適な学習ができる仕組みです」
特筆すべきは、アルゴリズムの中に現役講師の知見を組み込み、河合塾のエッセンスを投入している点だ。畑氏は、次のように自信と期待を述べた。
「高度な統計計算にもとづくアルゴリズムだけでレコメンドは可能ですが、受験指導に関しては、長年の講師の知見の方がAIよりもはるかに長けていると捉えています。例えば、すべての生徒に必ず通過してほしい〝関所〟や〝関門〟のような練習問題や解説動画をピックアップするなど、講師の知見を優先している点が最大の強みです。今後ビッグデータが溜まっていけば、レコメンデーション機能はより精緻なものになっていきます。講師の知見とぶつけ合い、教育的な効果としてどちらを優先すべきか、2021年中に分析する予定です」

基礎学習のトレーニングや未カバーの教科の追加にも

学習塾への導入を担当する大宮氏は、2つの活用法を示す。
「最も多いケースは、授業で習った単元を復習や宿題教材として、毎日の家庭学習を先生が管理する使い方です。また、自習室などに生徒を集めて演習道場のような活用法もご提案しています」
また、これまで未カバーだった教科を追加する活用法も有効だ。「理数系の大学受験まで対応できる補完コンテンツとして、講師不足の解消にもお役立ていただければと思います。個人塾にも導入しやすいように、金額面のハードルは極力下げています」（畑氏）
いま、学習塾では記述試験対策や思考力・表現力の養成が急務だ。「河合塾One」はその前段階となる基礎力を効率的に身に付けるための一翼を担う位置づけだ。「地道な基礎学習のトレーニングは、実は生徒が一番避けたい部分ですから、先生の励ましがますます重要となります。管理画面から一人ひとりの学習達成状況や理解度をひと目で確認できるため、課題や宿題の進捗チェックの負担は軽減されます。また、生徒の学習時間を把握することで、効果的な声がけが可能となります」（大宮氏）

河合塾の大学受験科でも今春から「河合塾One」を活用して基礎力を養い、その土台にベテラン講師陣の授業を積み上げていくことを、畑氏は明かした。「制作に携わった講師陣も、『河合塾One』で標準的かつ効率的に基礎力を醸成した上で、さらに高度な受験指導の腕が試される、腕の見せどころだと話しています」　

次なるステップについて、畑氏は事業拡大も言及した。
「導入塾や検討中の塾から多数ご要望いただく中学生対象のコンテンツや、私立大学二次試験対策コンテンツの実装が事業拡大の鍵と考えています。また、ツールとしての汎用性も高いので、受験勉強や教科学習に限らずあらゆる学習に適応できることから、事業の展開性に期待しています」