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中萬学院グループ 中萬 憲明 会長が逝去されました

2018-10-01

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中萬学院グループ(中萬隆信社長、神奈川県横浜市)の中萬憲明会長が8月22日に永眠いたしました(享年91歳)。惜別の念を禁じ得ません。
ご功労に敬意を表しますとともに、心からご冥福をお祈りいたします。中萬会長は民間教育界の多くの皆様に、愛情深くご指導くださいました。特に親交が深かった先生方から追悼のお言葉をご寄稿いただきました(敬称略、50音順)。
在りし日の中萬会長を偲びながら、中萬会長への感謝の気持ち、そしてご冥福をお祈り申し上げます。

1927 年 長崎県生まれ
横浜市立中学校 英語教師を経て
1954 年 中萬英学塾開校
1968 年 中萬学院設立
1996 年 上永谷に本社ビル竣工 代表職を長男隆信氏に継承 会長職に就く
2018 年 8月22日没 享年91歳

 

英進館ホールディングス株式会社
取締役会長・館長 筒井 勝美

中萬憲明先生は、僕にとって業界を越えて人生訓を授けて頂いたかけがえのない恩人でした。憲明先生とは、ビッグ4(名付け親は憲明先生だったか?)という素晴らしい会で、会食での歓談や60歳過ぎて始められたゴルフにお付き合い頂き、80歳過ぎまで十数年間、寛容で見識が高く、老いても男の色気を感じた兄貴のような存在でした。
飛鳥Ⅱでのクルージングを勧められ、日本一周10日間を体験して感動しました。この感動を何かの形でお返ししようと思い続けて、米寿のお祝い記念にお贈りしたのが、日本海に沈む夕日と後ろ甲板から見た白い飛鳥Ⅱの航跡が印象的だった油彩画です。題は「大海に飛鳥Ⅱが織りなす純白の刺繍」で、ご著書を出版される3か月ほど前にこの絵を本の背表紙に使いたいとの光栄なお電話をいただきました。憲明先生が平成29年10月に出版された秋霜烈日「卒寿回廊」の背表紙にご採用頂き厚く感謝申し上げます。
惜しい人が逝かれましたが憲明先生は、著書にも書いておられますが、人生紆余曲折、大変な苦労もしたが幸運な人生だったと述べられ、死期を悟り「卒寿回廊」を書き残されました。凡人にできることではなく、素晴らしい憧れの人生を送られたと思います。(合掌)

eisu group
CEO 山本 千秋

中萬会長の突然の訃報に接し、悲嘆の極みです。
在野精神を旨に、私教育界の先駆者として長年に恒り一貫して私教育の進化に挑み続けられてこられた姿は、私の手本とする人生の師でありました。
会長の先鞭を夢中でたどっていただけに大変ショックを受けております。隆信社長、ご遺族の皆様 心よりお悔やみを申し上げます。
私は中萬会長の優しさに裏打ちされた気骨な精神を胸に歩んでまいります。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

エース教育総合研究所
理事長 青木 清

中萬憲明先生の訃報を手にした時、そのショックで思わず涙がこみ上げ止まりませんでした。生前は本当にお世話になり感謝致します。
思えば昭和30年以来、六十余年、間塾の先輩であり同志であり、弟のごとく可愛がっていただきました。先生にはよく横浜の洋食店に連れて行って頂きました。好きなワインとステーキをご馳走になり、将来の夢を楽しく語り合いましたね。
また神奈川県の塾仲間を集め、経営の勉強会や教師の共同募集にも情熱を入れ、業界のリーダーとして活躍されました。今の中萬学院さんは隆信先生が立派に成長され安泰です。最後に先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

株式会社京進
代表取締役会長 立木 貞昭

ゴルフを通じて14年間親しくさせて頂いた。特に、2001年から同業者4人で会をつくり9年間は、毎年2回、春と秋に北海道や福岡、神奈川、京都名門ゴルフ場でプレイをし、各地の美味と会話を楽しんだ。後半は、年齢もあって、プレイをされない時もあったが、夕食時やその後の会話で、海軍での話、飛鳥Ⅱでの世界一周旅行の話や興味深い体験談なども披瀝頂き、人生の大先輩の話は楽しくもあり、刺激に富んだ話が多かった。
中萬会長の当番の時には、戸塚や磯子でゴルフを楽しんだ後、下調べを念入りにされ、ホテルや聘珍楼の特別室で、お酒も料理も特注品を用意して頂き、一生の想い出に残るもてなしをして頂いた。昨年末には、エッセイ集「卒寿回廊」を出版され、中萬会長の考えや生き様が美文調の名調子ながら、よく表現されていて、興味深く一気に読ませて頂いた。尊敬する大先輩の示唆に富んだ文章は、今後の自分の生き方に大いに参考にさせて頂きたいと思っています。
「わが人生に悔い極めて少くなし」と言える素晴らしい人生を送られた。いろいろとお世話になり、お教え頂き、御礼申し上げ感謝すると同時に、ご冥福をお祈りいたします。

株式会社向学社 宇部進学教室
代表取締役社長 冨田 博司

中萬先生の御霊前に謹んで申し上げます。「私も九十一歳になりました。」のお葉書に力強さを感じておりました矢先の訃報でした。
右も左も分からぬ私を中萬学院にご案内いただき、手を取ってご指導いただきました。特に日本人魂あふれる生き様に「かくあらねば!」と感動し、よきお手本として心柱として今日までどうにか塾人たり得ました。
ここに恭しく哀悼の誠を捧げ、心からのお悔やみを申し上げます。

株式会社さなる 佐鳴予備校
理事長 佐藤 イサク

中萬憲明会長の突然の悲報に接し、いまはただ深い悲しみにくれております。
塾業界の偉大なる先駆者として、若く未熟な私たちに、大きな夢と希望、そして教育という仕事への誇りを示してくださった憲明会長。
いかなる困難にも、凛とした姿勢で立ち向かう会長のお姿は、私たちにとっての大いなる憧れであり、常に私たちを導いてくださる確かな道標でもありました。
弊社の全体会議にお越し頂いたときの、熱き情熱と海のように深い包容力に溢れたスピーチは、生涯忘れることのない宝物です。
思えば、「人生を楽しむことのできない人間は仕事も楽しめないんだよ」と、ゴルフの楽しさや船旅の醍醐味を教えてくださったのも憲明会長でした。
憲明会長が残してくださった教えを大切に守り、感謝の想いを胸に刻みながら、私たちは歩み続けます。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

株式会社 成学社
代表取締役会長 太田 明弘

江田島の海軍兵学校で終戦を迎えられただけあって、いつお会いしても矍鑠としておられ、表情には強い意志のようなものを感じさせる方でした。青年時代、熊本から上京し自塾を開くまでの道のりには幾多の試練があったと聞いています。それを強い意志と実行力で乗り越え、私塾人として大成されました。我々後輩世代に対してはいつも優しく、あるべき私塾教育の指針を示してくださいました。中萬先生を失うことは民間教育界にとって大きな痛手です。
心からご冥福をお祈りします。

株式会社ティエラコム
代表取締役社長 増澤 空

中萬隆信 様
思い起こせば、お父様は確か熊本の高校をご卒業されたと、私の記憶の中にはあります。
なぜかお父様にお会いした時、矍鑠たる風貌と体躯は、私の父の面影が重なり、亡くなられたことを知って余計に悲しみが増します。
人間教育をめざして、一代で築き上げたお父様に改めて心から敬服いたします。
夢と志を追い求めるのが我々の仕事です。お互いにその理念を大切にやってきましたが、ここまできたら、最後まで、貫き通していきたいですね。

株式会社東海プロセスサービス
代表取締役会長 成瀬 正

中萬会長のご逝去の訃報を知り、ただただ深い悲しみに包まれております。
弊社設立二十周年記念の際には、わざわざ横浜から片田舎の大垣にお越しいただき、八十歳の矍鑠とした信念に満ちあふれた御祝辞を頂けたこと、生涯で忘れることの出来ない特別な思い出です。
小さな塾を始めた頃より、いつも温かくご指導頂きました。未熟者の私にとって中萬会長は、これからも深く尊敬し、あこがれの存在です。
ご冥福をお祈り申し上げます。

株式会社ナガセ
代表取締役社長 永瀬 昭幸

中萬憲明会長ご逝去の悲報に接し、衷心深く哀悼の意を表します。
私が塾を始めた駆け出しの頃、高い実績を出して、教育哲学で強力にひっぱっていく絶大な求心力を持つ神奈川最大手の中萬学院を、私は羨望と憧れをもって仰ぎ見ていました。後に、東進衛星予備校のご縁でお食事をご一緒させていただきました折り、中萬会長は、積み上げてこられた教育哲学、実学の数々を惜しげもなくご教示くださり、その時私は、中萬学院成功の源泉に触れた感銘と、共感と、感謝の気持ちで一杯になりました。会長は、自分もしっかり頑張ればあのスケールまでできるかもしれない、と思わせてくださいました。
戦後日本の教育のために塾人となられ、子供たちの教育一筋に、今、私達が歩いているこの道を拓いて来られた会長、海軍兵学校の五省が身に着いた凛としたお姿、今でも思い出します。
中萬会長のご生涯を偲び、ご恩に深く感謝しお別れの言葉といたします。
どうぞ安らかにお休みください。

株式会社日能研関東
会長 小嶋 勇

突然の悲報に接し、驚きと共に痛惜の念でいっぱいです。謹んで哀悼の意を表します。先生との出会いは日能研を立ち上げ、日々奮闘している30代後半の頃だったでしょうか。その頃「中萬学院」は既に横浜では知らない人がいない大手の塾で雲の上の存在でした。そんな立場の方でありながら、先生は14歳も年下の私に「小嶋さん」と丁寧に呼びかけてくださいました。ゴルフをご一緒させていただくなど、大変可愛がっていただいたことはよい思い出です。先生は、心の温かい方でした。ここに先生の生前のお姿を偲びつつ、心からお悔やみを申し上げます。

株式会社森上教育研究所
代表取締役 森上 展安

故中萬憲明先生はそのとき既に会長に退いておられたように思います。
ある日突然、私のご紹介したコンサルタントの背信行為が判明。紹介者として非は免れずお詫びに参上したのでした。先生は淡々と経過を丁寧に説明され、その間然するところのない話しぶり、毅然とした表情に深い感銘を覚えて帰参いたしました。
以来、わが身の進境はみるべきものがないままに先生は旅立たれてしまわれました。
大人(たいじん)ひとたび去って復た還らず。合掌。

練成会グループ
代表取締役会長 奥山 英明

謹んで哀悼の意を表します。
公私に渡り大変お世話になりました。感謝の思いは尽きませんが、今は「ありがとうございました」の一言しか浮かびません。私たちの幸運は会長が塾業界に足を踏み入れてくれたことです。会長の尽力の賜物が現在の塾業界の礎となっています。厳しさと優しさ、豪胆さと繊細さ、全てを兼ね備えた稀代の方でした。ゆっくりお休みください。そして時に天の声で叱咤激励してください。中萬会長の教えはいつまでも忘れません。合掌。


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[感謝]
株式会社中萬学院
代表取締役 中萬 隆信

1945年、8月6日の朝、父・中萬憲明は海軍兵学校の在る江田島対岸の呉にて、広島上空に噴き上がる「きのこ雲」を見ていたそうです。
誰にでも忘れられない日、忘れてはならない日のようなものがあるのかも知れません。多感な若き日々を、戦前・戦中・戦後で過ごした父は、この時期に人生の礎や原点となる価値観を深く心に刻んだのだと思います。
とりわけ、約4400人もの同世代の青年が特攻で命を落としたことをはじめ、時代の不条理さに翻弄され、筆舌に尽くせぬ虚無感や葛藤と戦い、それでもなお、希望を見出し、使命を自覚し、力強く歩んだ父に感服します。
命があり、健康であること・食と職があること・自由であること・家族や仲間がいてくれること・何よりも平和であること…今の時代の当たり前が、貴重な感謝の対象であることを身を持って知り得たからこそ、父は強くもしなやかな人であり続けられたのだと思います。
この度は父・中萬憲明の永眠に際し、加藤社長のご配慮で、私の敬愛する先生方よりかような温かいお言葉をいただき、衷心より感謝申し上げます。きっと父も喜んでいると存じます。皆様のお言葉を貴重な激励とも受け留め、父の遺志を受け継ぎ精進して参ります。
今後ともご指導・ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。ありがとうございました。


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