
私教育を1つの力に
新しい大学─OISTが示す教育の未来
「財務省40年目標 私大250校削減案」「少子化 半数超で定員割れ」「分野、地域バランス 焦点」最近見た新聞の見出しである。
◎沖縄で出会った新しい大学
今年の3月、ある仕事で沖縄を訪れた。同行したのは出版社の方々3人。日程の合間に、僕はかねてから気になっていた場所へ足を運ぶことにした。「沖縄科学技術大学院大学」、通称OISTである。
丘の上に広がるキャンパス。海と空がそのまま視界に入り、建物は自然と調和するように配置されている。日本の大学にありがちな閉鎖感や圧迫感はなく、むしろリゾート地のような軽やかさすらある。
僕たちは一般見学コースを歩いた。自然とマッチした建築、美しいガラス張りの通路、遠くに広がる青い海。教育や研究の場というより、「未来都市」のような雰囲気を持っている。前回紹介した写真をどうぞ。
残念だったのは、研究棟の内部に入れないこと。もちろん当然だ。最先端の研究が行われている場所に、誰もが自由に出入りできるはずがない。しかし、その奥に広がる世界を想像せずにはいられなかった。
見学を終え、帰りのエレベーターに乗ったときだった。隅に立っている若い女性に目が留まった。すらりとした姿勢、落ち着いた表情。思わず声をかけた。
「ここの方ですか」
「はい、そうです」
「何を研究されているんですか」
「量子コンピューターです」
「すごいですね」
「よろしければ、研究棟をご案内しましょうか」
こうして僕たちは思いがけず、約1時間にわたって研究棟の内部を案内してもらうことになった。女性は20代前半。東京の大学に在籍しながら、インターンとしてOISTに来ているという。
◎沖縄に生まれた「世界の大学」
2000年代初頭、政府が「世界最高水準の研究拠点を日本に作る」という構想から始まった。沖縄振興策の一環でもあったが、本質はそれにとどまらない。日本の大学制度の枠を越え、「最初から世界基準で設計された大学」を目指したのである。
2011年に学部は持たず、修士課程がなく、5年一貫制の博士課程を提供する、研究教育に特化した大学院大学としてスタートした。
公用語は英語。特徴的なのは、「日本の大学を国際化した」のではなく、「国際大学を日本に置いた」という点である。
研究分野も独特だ。物理、生物、情報科学、環境などが明確に分かれているのではなく、それらが横断的に結びついている。「現代の課題は一つの学問だけでは解けない」その前提に立った構想である。OISTは、単なる大学ではなく、「未来の教育モデルの実験場」でもあるのだ。
◎教授陣と研究の水準
OISTのもう一つの特徴は、その教授陣にある。世界中から第一線の研究者が集められ、その多くが欧米のトップ大学や研究機関で実績を持つ人物である。研究内容は多岐にわたり、量子コンピューター、神経科学、分子生物学、人工知能、海洋科学など、いずれも最先端の分野である。
ノーベル賞受賞者その人が常駐しているわけではないが、ノーベル賞級の研究を行う科学者や、受賞者と共同研究を行ってきた研究者が多く在籍している。また、世界の主要研究機関とのネットワークが強く、研究の質は国際的に極めて高い水準にある。ある論文ランキングでは、日本1位、世界9位となったこともある。
重要なのは、行われている研究が「分野の最先端」であるだけでなく、「分野を越えている」ことである。たとえば生命科学と情報科学が結びつき、脳の仕組みをAIで解明する。物理学と生物学が交差し、生命の根源を探る。こうした横断的な研究は、従来の学部・学科の枠では生まれにくい。OISTは、「知識を積み上げる場所」ばかりではなく、「新しい知を生み出す場所」とも言える。
◎学生と教師の多様性
OISTの最大の特徴の一つが、その国際性である。学生も研究者も、半数以上が外国籍であり、アジア、ヨーロッパ、アメリカなど世界中から集まっている。国籍は数十か国に及び、まさに小さな地球のような環境だ。
学生の年齢層は主に20代前半から30代前半。すでに大学で基礎教育を受けた後、より高度な研究を志す若者たちだ。彼らは単なる「学生」ではなく、研究者としての第一歩を踏み出した存在でもある。
教師と学生の関係も特徴的だ。上下関係というより、共同研究者に近い距離感で接することが多い。議論は対等で、自由に意見をぶつける文化がある。これは日本の多くの大学とは大きく異なる点である。
学生は基本的に寮に住み、異なる国籍の仲間と日常生活を共にする。研究だけでなく、食事や会話、日常の中で自然に異文化交流が行われる。この「共に暮らす」経験は、教室での授業以上に大きな教育的意味を持つ。
◎学費・生活費と教育の仕組み
OISTの制度で特に注目すべきは、学生の経済的負担が極めて小さいことだ。学生には年間約240万円前後の奨学金が支給される。学費はその中から支払われ、経済的な不安を抱えずに研究に専念できる。寮費も比較的低く抑えられており、家具付きの住居が提供される。家族を伴う場合には、家族向け住宅も用意されている。OISTは「学ぶための環境」を整備している。
世界中から優秀な若者を集めるためには、国籍や経済力に関係なく挑戦できる環境が必要だからだ。教育を「投資」として考え、国家が支える。この仕組みは、日本の教育にとって大きな示唆を持つ。教育は個人の負担ではなく、社会全体で支えるべきものであるという考え方だ。
◎グローバル教育の意義と未来。
現代社会は、国境を越えた問題に満ちている。地球温暖化、気候変動、エネルギー、感染症、生成AI、災害対策、海洋問題――これらは一国だけで解決できるものではない。したがって、それに取り組む人材もまた、国境を越えて協働できる存在でなければならない。
異なる文化、異なる価値観、異なる思考方法を持つ若者たちが、一つの場所に集まり、共に学び、共に研究、生活する。その経験は、単なる知識以上の力を生む。OISTは、そのための環境を提供している。
今後、このような大学、教育モデルはさらに広がっていくだろう。オンライン技術の発展により、物理的な距離はますます意味を持たなくなる。キャンパスは一つの場所ではなく、世界全体へと広がる。学びは教室の中で閉じず、社会と直結していく。すでに世界では、「ミネルバ大学」のような大学もある。
その中で、日本が果たすべき役割も大きい。高専に代表される実践教育、OISTの国際研究環境、そして新しいオンライン教育の可能性。これらを統合すれば、日本発の教育モデルは世界に通用する。
OISTは、「これからの教育はどうあるべきか」という問いに対する、一つの答えでもある。
国境を越える。分野を越える。年齢や制度を越える。そうした教育の中で、若者たちは本来の力を発揮する。未来の社会をつくるのは、彼らである。そして、その環境を整えることこそ、今を生きる僕たちの役割なのである。
作家 高嶋哲夫 氏
教育関係の著作「いじめへの反旗」(集英社文庫)「アメリカの学校生活」「カリフォルニアのあかねちゃん」「風をつかまえて」「神童」「塾を学校に」「公立学校がなくなる」など多数。
https://takashimatetsuo.jimdofree.com/



































